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高知地方裁判所 平成元年(ワ)242号 判決

原告 吉本亀

右訴訟代理人弁護士 松岡章雄

被告 久米滋三

被告 西岡寅八郎

被告 大町利夫

右被告ら訴訟代理人弁護士 中平博

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告らは、訴外土佐電気鉄道株式会社(本店・高知市桟橋通四丁目一二番七号)に対し、各自三九六〇万円及びこれに対する被告久米滋三及び同西岡寅八郎については平成元年六月二四日から、同大町利夫については同月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 当事者

(一)  原告は、平成元年五月一六日の六か月前から引き続き訴外土佐電気鉄道株式会社(以下「訴外会社」という。)の株式を有する株主である。

(二)  被告らは、昭和六二年六月二六日に重任された訴外会社の代表取締役である。

2. 株主優待乗車券制度

(一)  訴外会社は、昭和四九年一二月の取締役会の決議で株主優待乗車券制度を定め(それ以前は株主優待乗車証制度)、昭和五〇年から毎年四月一日現在の株主名簿上の株主に対し、その持株数に応じ、株主優待乗車券(一冊一五〇〇円相当の回数乗車券)を交付している。

(二)  現行の株主優待乗車券発行規程は、昭和六二年一一月頃の取締役会決議で改定され、昭和六三年から実施されているものであるが、同規程による株主優待乗車券の交付基準は「一〇〇〇株につき一冊とする。ただし一〇〇〇株以上の株式所有者で五〇〇株以上の端数を所持する場合は一冊を加える。」というものである。

3. 株主優待乗車券の交付

(一)  訴外会社の発行済株式の総数は一三二〇万株(額面一株の金額五〇円)である。

(二)  訴外会社は株主に対し、その発行規程に基づき、昭和六三年以降一か年に少なくとも冊数で一万三二〇〇冊(発行済株式総数を一冊の基本的交付単位一〇〇〇株で除したもの)、価格で一九八〇万円相当(右交付冊数に一冊の価格一五〇〇円を乗じたもの)の株主優待乗車券を交付している。

(三)  昭和六三年及び平成元年の二か年に交付された株主優待乗車券の合計は二万六四〇〇冊(三九六〇万円相当)を下らない。

4. 株主優待乗車券交付の違法性

(一)  違法な利益配当

会社から株主たる地位にある者に対し、その株主たる地位に対してなされる金銭ないしその代替物の給付は、いわゆる建設利息の配当(商法二九一条)を除き、すべて利益配当と解すべきである。

本件の株主優待乗車券は、株主たる地位にある者に対し(交付対象の限定)、株主たる地位に対して(その持株数に応じて)交付される金銭代替物であるから利益配当(現物配当)に該当する。

ところが、訴外会社は株主優待乗車券制度の発足以来、配当可能利益はなかったし、かつその交付につき株主総会の決議を経たこともない。つまり、訴外会社の株主優待乗車券の交付は、配当可能利益がなくかつ株主総会の決議を経ていない違法な配当である。

(二)  会社は営利法人であって、その事業活動は、基本的には利益獲得のために行われるものである。本件のような株主優待乗車券は、それを利用する株主から企業としての利益確保を予想しえないから、単に株主であるという理由で営利事業自体の無償提供をすることは、企業の姿勢として営利性の点から問題がある。

(三)  本件の株主優待乗車券は、一〇〇〇株に対し一冊(一五〇〇円相当)の交付が基本であるので、一株あたりの交付利益は、一・五円相当となる。そして、訴外会社には配当可能利益がないのであるから、約三三年で資本全額(一株五〇円)の払戻しとなる。

(四)  訴外会社の株価は、額面(五〇円)未満であるので、その利回り(一株あたりの交付利益を一株の時価で除したもの)は、三パーセントを越える(ちなみに上場会社の平均利回りは〇・五パーセント未満である。)。赤字会社としては非常識な高利回りである。

(五)  訴外会社は、経営困難を理由に国、県、市町村から多額の補助金をもらっているにもかかわらず、株主優待乗車券を交付することは、会社再建の自助努力からして問題がある。

(六)  本件の株主優待乗車券制度は、被告らの経営手腕に対する株主の批判を抑える役割を果たしているものである。

5. 被告らの責任

被告らは、代表取締役として昭和六三年及び平成元年における株主優待乗車券の交付を現に行ったものであり、現行の発行規程の改定(昭和六二年一一月頃取締役会の決議)に賛成した取締役でもある。

本件株主優待乗車券の交付により訴外会社が昭和六三年及び平成元年に受けた損害は、三九六〇万円(交付された株主優待乗車券の価格)を下らない。

したがって、被告らは商法二六六条一項五号(善管注意義務違反)によって訴外会社に右損害を賠償する責任がある。

6. まとめ

よって、原告は、被告らに対し、株主の代表訴訟(商法二六七条)により次のとおり請求する。

(一)  訴外会社に対し、被告らが昭和六三年及び平成元年の二か年に株主優待乗車券の交付によって訴外会社に与えた三九六〇万円(株主優待乗車券の価格)の損害賠償

(二)  右に対する本件訴状送達の翌日(被告久米滋三及び同西岡寅八郎については平成元年六月二四日、同大町利夫については同月二八日)から支払済みまで生じる法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1ないし3の各事実は認める。

2. 同4の事実について

(一)  (一)の前段及び中段は否認ないし争う。後段のうち前半の事実は認め、その余は否認ないし争う。

(二)  (二)の前半の事実は認めその余は否認ないし争う。

(三)  (三)のうち本件の株主優待乗車券は一〇〇〇株に対し一冊(一五〇〇円相当)の交付が基本であることは認め、その余は否認ないし争う。

(四)  (四)は否認ないし争う。

(五)  (五)のうち訴外会社が国、県、市町村から多額の補助金をもらっていることは認め、その余は否認ないし争う。

(六)  (六)は否認ないし争う。

3. 同5のうち前段の事実は認め、中段及び後段は否認ないし争う。

4. 同6の主張は争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因について

1. 請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

2. 同4について

(一)  まず、本件の株主優待乗車券の交付が違法な利益配当に該当するかどうか検討する。

当事者間に争いのない右事実のほか、成立に争いのない甲第二号証、乙第一号証、原告及び被告久米滋三(以下「被告久米」という。)の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件の株主優待乗車券は、旅客運送業を営む訴外会社が自己の交通機関である電車・バスを利用させる目的で株主に交付していること、本件の株主優待乗車券は一冊一五〇〇円相当の回数券とし、毎年四月一日現在の株主に交付していること、その交付基準は請求原因2記載のとおりであること、原告はその家族を含めると訴外会社の株式を三八万株有しているので多数の株主優待乗車券を交付されていたが、使い切れないことから訴外会社の総務課に依頼して換金してもらっていたこと(ただし訴外会社として対応していたのか訴外会社の社員が個人的に対応していたのかは不明。)の各事実が認められる。

右事実によれば、本件の株主優待乗車券は、訴外会社が株主たる地位にある者に対し、株主たる地位に対し、その持株数に応じて交付されるものであり、金銭的価値を有することは明らかである。そうすると、本件の株主優待乗車券の交付は、配当金の支払にかえて現物を配当するものということができる。もっとも、成立に争いのない乙第五号証の一ないし三によれば、所得税基本通達二四-二には、株主優待乗車券等は配当には含まれないと規定されていることが認められるが、右はあくまで所得税を課税するについての行政解釈であり、しかも同号証によれば同基本通達は当該法人が利益処分として処理したかどうかにより配当になるかどうかを決めていることが認められるのであるから、右基本通達をもって本件の株主優待乗車券の交付が配当かどうかを決める基準とはなりえない。

しかも、訴外会社は株主優待乗車券制度の発足以来、配当可能利益がなくかつその交付につき株主総会の決議を経たことがないことは、当事者間に争いがないのであるから、本件の株主優待乗車券の交付は、商法に規定する配当手続(同法二八三条一項)を潜脱し、かつ同法に規定する配当要件(同法二九〇条一項)に違反するものということになる。

したがって、請求原因4(一)の主張は理由がある。

(二)  原告は、請求原因4(二)ないし(六)で株主優待乗車券交付の違法性を主張するが、その主張内容は結局のところ株主優待乗車券の交付は違法な利益配当に過ぎないと主張するものであるかあるいは訴外会社の代表取締役であった被告らの経営方針を批判するに過ぎないものであるので、これ以上判断はしない。

3. 同5について

(一)  同5のうち前段の事実は当事者間に争いがない。

(二)  前記当事者間に争いがない事実に加え、前記甲第二号証、乙第一号証、成立に争いのない甲第一号証、原告及び被告久米各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、訴外会社は創立当初株式を一般公募した関係上、当初から株主優待制度として株主優待乗車証(数千株を有する株主に無償で電車ないしバスに乗れる優待乗車証)を株主に交付していたこと、訴外会社は昭和三七年頃から無配の状態であったが、国ないし高知県が訴外会社の右赤字補填を行うにつき関係当局(運輸省)から右株主優待乗車証の廃止を強く要求されたこと、そこで訴外会社は昭和四九年一二月一八日に開催された同会社の取締役会において右株主優待乗車証を改正して五〇〇株を基準として優待乗車券(回数券)を交付する様にし昭和五〇年四月一日から実施したこと、昭和五五年六月二六日に開催された訴外会社の定時株主総会において、ある株主から株主優待乗車券の価値が低下したのでその増額を求める趣旨の質問がなされ、当時の代表取締役社長であった被告久米は、現在発行している優待乗車券でも年間二パーセント余りの配当に相当するものであり、右増額を認めることは補助金を受けられなくなるおそれがあるので認められないと右申し出を断っていること、その後昭和六二年一〇月頃に開催された訴外会社の取締役会において、赤字会社である訴外会社が株主優待乗車券を発行しているのは実質的な配当である(当時の株主優待乗車券の発行数を金額に換算すると資本金に対し三・四パーセントになる。)との批判があるほか、同業他社の発行基準とも比較検討してその発行基準の見直しを図り、請求原因2記載のとおり一〇〇〇株を基準とする様に改めたこと、訴外会社が株主優待乗車券制度を廃止しないのは昭和三七年頃から無配が続いており株主に何らかの恩典を与えて訴外会社の経営に協力してもらう必要があること、訴外会社の株(額面五〇円)は、現在約二六円で取引されているが、仮に株主優待乗車券制度を廃止すると、株価は今以上に低下し株主は大きな損害を被るであろうと予測できること、訴外会社の営業は高知市を中心とする地方の旅客運輸を中心とするものであるが、長年赤字経営を続け、その経営環境は近年のマイカーの普及等によりますます厳しくなっているもののその公共的使命から関係当局の補助金を受けながら経営を成り立たせているもので、株主への無配継続はやむを得ない状況であることの各事実が認められる。

右事実によれば、そもそも株主乗車券制度の創設されるに至ったいきさつないしその後の株主の態度からして株主自身株主優待乗車券制度を望んでいると考えられること、その営んでいる機能も長年の無配に対しともかくも株主への恩典となっていること、右制度を廃止した場合に会社ないし株主が被るであろうと予測される損害の程度はかなりのもので右制度の廃止は株主の利益にはならないであろうこと、訴外会社の営業実績、社会的経済的地位からして赤字ながらもその存続を余儀なくされている一面があり、その公共的使命を無視できないこと、株主に交付される株主優待乗車券の交付基準は最低持株一〇〇〇株で優待乗車券一冊の価値が一五〇〇円相当であり特に高額とはいえないことなど総合的に判断すれば、本件の株主優待乗車券制度は、取締役個人の利益を図るものではなく、究極的には会社ないし総株主の利益に合致しているということができる。したがって、本件の株主優待乗車券の交付が違法な利益配当に該当するものではあるが、被告らは取締役としての善管注意義務ないし忠実義務に違反しないと解する。

二、結論

よって、本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 横山光雄)

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